南 の 島 の 楽 園 を 救 え 。 

マーシャル諸島共和国ミリ環礁とマジュロ環礁のエコツアーを通じて

 夜の9時、あたりは月光のみながらもかなり明るく感じられる。これほどまでに多かったのかとその数に驚かされた無数の星を眺めながら、自然の偉大さに言葉を失い時間は過ぎていく。
 ここはマーシャル諸島共和国ミリ環礁。国内でもトップクラスの美しい環礁としてマーシャル人の間では有名だ。子ども達が星を指して「イジュ、イジュ」と私に言葉を教えようとする。どうやら星を意味するマーシャル語らしい。私も負けずにと、「ホシ」と教えるが、どうやらマーシャル語には「は行」の音がないらしい。子ども達は「オシ?コシ?」と何度も繰り返しながら、無邪気に笑いつづけた。
夜のビーチで大の字に寝転がると、天然のプラネタリウムに包まれ、やさしい波の音が体に届き、心の奥底で消えていく。思わずうとうとしかけると、なにやらバシャバシャと水をはねる音が聞こえてきた。海の中で子ども達が水を手ですくっている。何だろうと思わず近寄ってみると、なぜか子ども達の手は光を発していた。その正体は夜光虫だった。手を水の中に入れ、すっとすくうと、蛍のような光を発するプランクトンがかわいい光を放っていた。初めての体験に心が躍った。
 日本から同行した大学生、現地の子ども達と一緒に歌をうたった。曲はビートルズの「Hey Jude」。人と人の心をつなぐ音楽の力に私は改めて感謝した。そして、あふれんばかりのPeaceがみんなを包んだ。
 ミリ環礁の人々は、太陽と共に起きて、月の光を浴びながら床に就く。世界が近代化する以前におそらく人が繰り返してきたであろう営みを今もなお行っている。同行してくださった某大学教授は「これが本来の人間の姿なのかと考えさせられました。」とつぶやいていた。
太陽が出ている間のミリ環礁は、地球が本来持つ美しさを知る絶好の環境を与えてくれる。白い砂浜のビーチが目の前に広がり、リーフが切れる場所から、まさにエメラルドグリーンとも何とも形容し難い海が目に飛び込んでくる。手付かずの自然とはまさにこういうものをいうのであろう。砂浜に打ち寄せる波の色は限りなく透明で、写真には残せそうにない。
ボートに乗り、少し沖に出ると、そこは絶好のスノーケリングポイント。ダイビングをする必要を感じないほど近くにある、生い茂ったサンゴ礁と、そこに生息する色とりどりのリーフフィッシュたちが戯れる世界を体験できるのだ。私は、鼻に水が入り少し痛い思いをしながらも、その美しさに時間を忘れた。
 隣の島にボートで向かう途中、ガイドをしてくれた現地カウンターパートNGOのベンが、私を呼んだ。「マサアキ!ドルフィン!」。30頭はいたであろうか、ボートの周りを縦横無尽にジャンプするイルカの群れに遭遇した。まるでボートと遊ぼうとしているようだ。イルカ達はこの時間帯に食事をするために潮の流れの速いパスにやってくるのだとベンは説明してくれた。

 しかし、ミリ環礁が素晴らしければ素晴らしいほど、私は気持ちが引き締まる思いになる。地球温暖化の影響と思われる現象が各地で起きているのだ。
ベンが突然、予定の航路から外れてボートを走らせ始めた。そして、ある砂浜にたどり着いたのだが、それは目を疑うような光景だった。
ミリ環礁ミリ島の東端の海岸では、過去1年以内に起こったとされる侵食の爪あとが、無惨に残っている。数十本ものヤシの木がことごとく倒されているのだ。皮肉にも、温暖化は日本にも影響を及ぼすことを暗示しているかのように、日本軍が第2次大戦で使用したトーチカが侵食を受けている。
「去年はここまでひどい海岸侵食は見られなかった。ミリ環礁には沿岸開発はされていない。自然現象でこうなるなんて、以前は考えられなかった。」と驚きの声を発し、自分の故郷が破壊されていることを知ったその顔は悲しそうだった。
ミリ環礁の人々は、最近加速する海岸浸食について、口をそろえて何がおきているのかわからないという。大航海時代に宣教師によって伝えられたキリスト教が深く浸透していて、全ての現象は神の行為と固く信じて疑わない。ミリ市長は私との会話の中でこう語った。「侵食が最近ひどくなってきた。確かにここ数年で土地が急激に狭くなってきている。これは今までになかった現象だ。しかし、それも神様が決めたことだろうから、きっと神様は私たちに土地を返してくれる。そうに違いない・・・。」
 マーシャル諸島は平均海抜が2mと、地球温暖化による海面上昇の影響に対して特に脆弱な地形的特徴を持つ。すでに影響の出ているこの国に来れば、温暖化の防止にむけた活動をすることがいかに急務であり、人道的に重要であるかわかる。90年のマーシャル諸島の温室効果ガス排出量は全世界総量の僅か0.0041%でしかない。このように温暖化に寄与していないにもかかわらず、温暖化の最初の犠牲者になるとされているのが、この国なのだ。また、国内でも経済的な格差が見られ、首都マジュロに住む低所得層は外洋に面した土地に住居を構えることを余儀なくされていて、97年以降頻繁に高潮の被害を受けている。
 ちなみにIPCCの最新報告書の中では、1mの海面上昇でマーシャル諸島マジュロ環礁の80%が海面下に沈むと指摘されている。マーシャル諸島政府の環境大臣はこの数字は深刻に受け止めなければならないと私に語った。
温暖化がマーシャル諸島に及ぼす影響はそれだけではない。気候帯の移動に伴い、今までなかったマラリア等の伝染病が横行し、健康への被害が懸念される。昨年は、初めてクワジェレン環礁でデング熱が発生した。
 また、ただでさえ淡水資源が限られたこの国でさらなる水不足が危険性もある。事実、97年にエル・ニーニョが激化した時には、FEMA(米連邦緊急事態管理局)が出動し、水が配給される事態となって、混乱を招いた。また、水資源に関してはすでに淡水レンズと呼ばれる淡水の地下水層に海水が流入し、重要な淡水資源である地下水が使用できない事態が発生している島もある。
 こうした、皮肉にも悲しい現実を改善できるかどうかは、先進国が行う温暖化防止の努力にかかっていることは既知の事実である。日本政府は、温暖化防止の第一歩となる京都議定書の批准を早急に行うべきだ。
 ここで、今回のマーシャル滞在中に私に話しかけてきたある婦人の訴えを記しておく。
 「私が今まで住んできたこの土地が海に沈んだら、一体私たちはどこへ行けばいいのか。この間の住民会合で、アメリカから来た科学者が先進国のせいで海面が上昇していて、50年後には本当に沈むかもしれないと言っていた。もしそれが本当なら、私の子どもや孫はどうすればいいのか。日本やアメリカは土地を返してくれるのだろうか?」
皆さんもご一考いただきたい。

 ミリ環礁はまた、過去において開発の脅威にもさらされたことがある。韓国の某財閥がミリ環礁ミリ島に、ゴルフ場、カジノ、大規模なホテルなどのリゾート開発を計画していたのである。ミリ島の中心地から15分ほど歩いたところに、その残骸がまだ残っていた。ハングル文字の書かれた青いシートがかけられているが、まだ新しい。ベンにきくと、1999年に開発計画があったが、彼自身が、この開発に関してのEIA(環境影響調査)がなされていなかったことを理由に法的に計画を断念させたそうだ。ミリ市長は、開発計画は今は中断しているとして、この計画の継続性を否定しなかった。

 皆さんにも、私たちのエコツアーを通じて、ミリ環礁の自然の素晴らしさ、同じ地球の上に生を受けた人々とのつながり、自然環境と伝統文化の保全の重要さを同時に感じていただきたいと思う。
地球の友ジャパン〜Save the Paradise〜キャンペーンでは、現地カウンターパートNGOと協力し、ミリ環礁の保全を行っていく予定である。エコツアーの開催に関してはウェブサイトで情報を公開していく。(https://www.foejapan.org/paradise)
そして、ミリ環礁と並行する形で、マーシャル諸島共和国ジャルート環礁でもエコツアーの開催を計画中である。政府環境保護局、地域のNGOであるジャルート環礁発展協会(JADA)と密接な連携を取りながら、環境に負担をかける観光産業体系に対して代替案を世界に示すべく、環境的、経済的持続可能性を追求する形で、地域住民主導型の「エコツーリズム」といわれる観光産業の発展を目指していく。

 マーシャル諸島には類稀なる自然が今なお残り、人々はその自然に多大な敬意を払いながら生活している。だからこそ、自然の一部である人間に対して、無条件にやさしくなれるのであろう。私たち日本人が、日々の多忙な生活の中でおそらく忘れてしまっている重要なことを改めて認識させてくれる。
 私たちの活動は、地球温暖化のみならず、様々な環境問題を抱えるマーシャル諸島をはじめとする南太平洋島嶼国の現状を紹介して、環境問題の改善を訴え、持続可能な社会とは何かを問いかけていき、そして同時に自然の素晴らしさをエコツアーやセミナーを通して、お伝えすることを目的としている。

(中島 正明)