レポート: 開発金融に関わる腐敗防止と日本の責任


FoE Japan
開発金融と環境プロジェクト
本山央子

   「汚職/腐敗」という問題

  1. 汚職/腐敗の防止はここ12年のうちに開発金融における最重要課題とみなされるようになってきました。しかし、この問題を経済成長のコストと見るのか、あるいは人権と民主主義への脅威と見るのかによって、その取り組みには見過ごせない違いが生じてくるように思われます。

  2. 今や腐敗が、貧しい人々から富を盗み取ってより豊かな人々に移すシステムであることは広く知られるようになりました。しかし世界銀行などの国際機関がこの問題に関心を寄せ始めたのは、非合法取引の拡大や腐敗政権による経済支配が、世界経済への深刻な障害あるいは脅威となってきてからです1。それ以前には、多くのNGOやメディアが問題を指摘してきたにも関わらず、多国間銀行や日本政府の反応はあまりにも鈍かったと言わざるをえません。

  3. ドナー側のこうした態度には、今なお根強い「開発独裁」容認論の影響が感じられます。開発独裁を容認する人々は、途上国が経済成長を遂げるためには権威的な非民主的政体が、少なくとも過渡的には、必要であるとみなします。こうした考え方の背後には、経済成長を他の社会的価値よりも優先する思考、そして「発展の遅れた」国々に対する差別意識もあるでしょう。すくなくとも、援助機関は「成長の質」、開発における公平や公正といった問題にこれまで十分な注意を払ってきませんでした。腐敗政治、法の支配の欠如がどのように貧困や社会的弱者への抑圧を強化しているかについては、さらに詳細な分析が行なわれる必要があるでしょう。

  4. 開発に関わる腐敗はかなりの規模で行われていることがわかってきています。資金を受け取る側と与える側の両方において、それを可能にしている構造・制度の改革に取り組まなければなりません。片方の側にだけ責任を負わせたり、「非合法な」盗みだけを取り締まろうとすることには明らかに限界があるのです。
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    弱者を痛めつける腐敗―インドネシアの事例から

  6. ここで、開発投資に絡む腐敗のショーケースとも言うべきインドネシアの事例に即して話します。30年に及ぶ独裁政権の下でスハルト一族が私腹を肥やし残酷な人権侵害を行っていたことは広く知られています。しかしそのことは、スハルトが政権を追われる時点まで、世界銀行や日本が開発資金を提供するうえでいかなる障害ともみなされませんでした2。世界銀行が「アジアの優等生」と呼んで賞賛したインドネシアの著しい経済成長は、北側から流れ込む多額の多国間・二国間公的援助、および民間投資に支えられていたのです。

  7. 海外からの開発資金は、スハルト一族の蓄財と権力支配に大きな貢献をしてきました。特に、ドナー側が好む大規模開発プロジェクトは、不正蓄財をしようとする者にとっても絶好の機会となります。たとえば多くの発電プロジェクトでは、不正入札により調達費が大幅に吊り上げられていました。こうした有力者の蓄財機会を最大限に確保するため、環境規制はしばしばすり抜けられたり弱められ、反対運動はときには暴力的に沈黙させられることもありました。

  8. 民間投資もまた、スハルト体制の維持に大きな役割を果たしました。フリーポートやモービル・エクソンなどの世界的大企業の操業地で深刻な公害や環境破壊が発生し、反対住民に対する誘拐・殺害や拷問、レイプが日常的に行われてきたことを、NGOは文字通り命がけで告発しつづけてきました3。現在インドネシア各地で起きている分離独立運動の背景に、外国企業・インドネシア政府・軍とが一体となった、暴力的資源収奪に対する長年の不満があることはよく知られています。

  9. 利権につながらない人々が腐敗によって受ける被害は、こうした直接的被害にとどまりません。現在インドネシアが直面している最大の問題は1400億ドルにのぼる対外債務ですが、公共料金の値上げ、雇用、健康、教育へのしわ寄せによって、貧しい人々がその負担を負っています。(さらに国際的な犯罪組織が貧困者を移民・人身売買ビジネスの犠牲にしようと待ち構えています。)汚職によって盗まれた多額の借り入れ金は、インドネシアの人々に何ら将来の利益をもたらさない債務です。NGOはこうした債務をCriminal Debt、犯罪的債務と呼んで、支払いのキャンセルを主張しています4。この主張を馬鹿げたこととして退ける前に、債権者の側がこれまで腐敗防止のために何をしてきたかを見る必要があるでしょう。
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    問われる先進国(日本)の責任

  11. 97年にインドネシアにおける大規模な開発資金の流用疑惑が明るみに出ると、世界銀行は調査を開始し、改善努力を加速させました。アメリカ連邦会計検査院(GAO)は世銀の取り組みを一部評価しながらも、厳しい見方を崩していません5。検査院は世銀の新しい汚職防止政策は一部のプロジェクトにしか適用されておらず、汚職のリスクが予見されても効果的な対策がとられていないことなどを指摘して、さらなる対策強化を求めています。

  12. 日本は第2番目の出資者ですが、世界銀行の資金管理向上にはアメリカほど積極的に取り組んでいるようには見えません。ではODAOOFなどの二国間資金監視の方に力を注いでいるかというと、そうでもないようです。外務省はつい最近まで「ODA資金の不正利用はありえない」と疑惑を否定しつづけてきました。99年にODAリベート疑惑が発生した時にも、外務省は企業の言い訳に黙って耳を傾け、調達ガイドラインの一部改定を行うにとどまりました。

  13. スハルト政権下でインドネシアに投入された日本の開発援助は3.5兆円に上ります。開発資金の3割近くが「大規模かつシステマチック」に盗まれていたという推定を信じるとすると、このうち相当額が不良債権化しているとの疑いを捨てきれません。この援助金は郵便貯金や国民年金を原資としていますので、これは日本の市民にとっても少なからぬリスクを意味します。しかしこれまでの対応を見る限り、日本政府は公的資金管理のまずさに責任を感じるどころか、重大問題とさえ認識していないのではないかと思わざるを得ません。

  14. 民間投資に関わる汚職についても、民間セクターの自主努力だけが問われているわけではありません。日本企業の対外民間投資にも国際協力銀行によって年間約2兆円の公的信用・保証が提供されています。当然これについても政府は適切でアカウンタブルな資金利用を保証する責任があるわけですが、公的支援を受けた日本企業の参加する案件で大規模汚職が指摘されていても、政府による具体的な取り組みは見られませんでした6

  15. この消極的な態度は、日本の開発援助およびその他公的開発金融の理念と構造そのものに起因していると言えるでしょう。アジアに対する開発援助供与においては、常に、日本が必要とする資源の獲得と日本企業の投資誘導が最重視されてきました。最貧国でもないインドネシアがずっと援助対象国の第1位であった事実がそれを証明しているでしょう。この場合、腐敗した政権は資金供与の障害とならないばかりか、貴重なパートナーでもありえます。日本政府は退陣直前までスハルト体制支持の姿勢を崩しませんでした。

  16. こうした開発金融のあり方は、住民の社会開発ニーズよりもマクロ経済成長と日本への利益還元を重視する偏った資金配分、そして現地における開発プロセスやプロジェクト管理を軽視するシステムを導くことになりました。世界銀行と同規模の資金を扱いながら、日本の開発投融資には、強い環境・社会政策や、プロジェクトの選定・審査・監視・評価に関わる明確な手続き、有効なメカニズムが欠けています。世界の援助機関の中で、日本の国際協力銀行ほどプロジェクトの準備や監理に必要な人員・コストをかけないところはありませんが、同銀行によればそれは「効率的な融資」ということになっています。

  17. これは、日本の開発援助が財政投融資金を原資とする貸付を主としていることと深く関係しています。一定額の資金はコンスタントに貸しつける必要があるが、そのマネジメントにかけるコスト―税金はかけられない、というわけです。右肩上がりの経済成長を前提とし、それ自体が非常に不透明な財政投融資のシステムそのものに目を向ける必要があります。

  18. 日本がとるべき対策を考える上で、世界銀行融資の流用に関する内外の調査報告や勧告は、多くの示唆を与えるように思われます。 たとえば先にあげたアメリカ連邦会計検査院によるレポートは、借り入れ国側のキャパシティ不足のために、ほぼ半数のプロジェクトで政策が遵守されていなかったこと、世銀スタッフのキャリア評価ではスムーズな貸し付けが重視されるため、ていねいなプロジェクト管理を行うインセンティブが欠けていることなどを指摘しています。(これは「融資承認文化」と呼ばれています。)また、十分な制度整備のないまま進められる民営自由化やノンプロジェクト融資が腐敗を拡大させたという指摘は重要でしょう。

  19. 世界銀行ほど厳しい質管理や監視のシステムがないままに投入されてきた日本の開発資金が、かなりの割合で盗まれ続けているとしても驚くにはあたらないでしょう。年間二兆円以上に上る公的資金は、アカウンタビリティと透明性を欠いたシステムによって投入されつづけているのです。

  20. 私たちはまず、経済成長による腐敗の正当化は、政治倫理的にも、事実としてももはや有効でないことを認める必要があります。腐敗を防ぐ努力を行わないことは、貧困者を痛めつける犯罪に荷担することであり、日本国民の信頼に対する裏切りです。この機会に、国際機関や援助対象国、民間セクター、市民社会の参加のもとで、根本的な取り組みを始める必要があります。最後にいくつか、具体的な取り組みを提起したいと思います。
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   取り組みの提起

  1. 不適切に利用された開発資金の規模とその構造的な原因を明らかにするため、ODAOOF両方について過去のプロジェクトやプログラムの独立レビューを実施し、公表すること。

  2. この結果に基づき、融資の質を維持するための強制力のある政策と、その有効な実施のための方策を検討すること。具体的には、問題が疑われたときの調査、政策遵守メカニズムの導入、プロジェクト管理・評価の強化。そのためには人員・コストの手配も必要です。

  3. 開発融資メカニズムの透明性とアカウンタビリティを大幅に向上させるため、政策や手続きを見直すこと。

  4. マクロ経済成長に偏重した援助政策を見直し、貧困対策などの社会開発ニーズや、公正な開発プロセスの保証といった課題に重点を移す必要がある。そのため市民社会との対話をいっそう進めること。

  5. 世界銀行など国際機関における取り組みに積極的に貢献すること。
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TIをはじめ、資金提供国と受け取り国双方のNGOは、緊密なネットワークによってこうした問題に取り組むと同時に、国際機関や各国政府に解決に向けたとりくみの呼びかけをおこなってきました。このシンポジウムが、さまざまなセクターの参加によって、公正な経済システムに向けた取り組みをさらに進める機会となることを期待しています。

 

脚注:

1 UNDPは2000年報告書で武器、麻薬、女性などの非合法取引の拡大に警鐘をならした。世界銀行は、発展途上国に対する直接投資や輸出総額の5%、約年間800億ドル程度がリベートとして使われていると推計。TIは商取り引きの10-20%と推計している。

2 世界銀行はアジア危機後のレポートで、インドネシアの経済成長を重視するあまりこれらの問題に気づきながら対応を怠ったことを認めている。

3 1995年8月にNGO5団体が発表した「チャーチレポート」には西パプアにおけるフリーポート社操業地での人権侵害が詳しく報告されている。またエクソン・モービル社による人権侵害については1999年10月に17団体が声明を発表している。(日本インドネシアNGOニュースレター)

4  "Criminal Debt in the Indonesian Context", Jeffrey A. Winters, July 2000

5 "Management Controls Stronger, But Challenges in Fighting Corruption Remain", General Accounting Office, April 2000.

6 インドネシア電力公社(PLN)の電源開発プロジェクトおよび日本企業の参加したパイトン1等に関する汚職については「高すぎるコスト―インドネシア電力セクターの債務、汚職そして民営化」(FoE Japan)参照.

 

(本ペーパーは2001411日トランスペアレンシー・インターナショナル主催シンポジウムのために用意された。)