サンロケ多目的ダムプロジェクト
環境影響評価書(EIA)の分析:堆積



環境アセスメントの分析(堆積)についての詳細

分析はサンロケ水力発電及び多目的ダム開発計画(以下サンロケダム計画)の申請を受けてフィリピン電力公社(以下NPC)の依頼によりテスト・コンサルタント社が作成した1984年版環境アセスメント、とパーニー・HECインターナショナルによる同アセスメントの1997年更新版の2つの文書について行われた。この2つのアセスメントは1979年のオリジナルとその後1994年に更新されたダム計画の実行可能性調査の2つをベースにしている。この他、国際協力事業団(以下JICA)が行った1985年アセスメント再調査版と1994年版の実行可能性調査、それに堆積調査グループによる1999年アグノ川堆積調査書についても調べたものである。

1997年更新版の序文に「このサンロケダム計画は、1984年にフィリピンの環境天然資源省(Department of Environment and Natural Resources, DENR-EMB)によって評価され、既に環境保証書(Environmental Compliance Certificate, ECC)が発行されているダム計画と、実施地、内容ともに本質的に同一のものである」と述べられ、続いて、1984年のオリジナル計画と1997年に申請された新計画との主な違いについて項目を揚げている。

この数年間で十分に強調されなかった大きな変更の一つは、序文の中でも触れられていない。1984年に採鉱廃棄物質の貯水池への蓄積の可能性が認められてから、このダム計画は事実上、汚水処理ダムとなってしまっている。一見、気の利いたアイデアのように思えるが、長期的に見ると、事業の持続性に大きな問題がある。まず第一に、採鉱業者を彼らの汚染処理ダムの維持管理から解放することになり、アグノ川流域への汚水を垂れ流し続けるという意味で環境保護責任の義務を犯すことになる。第二に、貯水池に蓄積した汚染堆積物の責任を企業から、我々一般市民の子孫へと転嫁することになり、ダムが寿命を終えたあとの子、孫たちの世代がこの負の遺産を負うことになる。これは非常に重大な問題である。彼らはこうした環境的、技術的、財政的難題を前に唖然とすることになるだろう。また、このような非常に重要な要因は、サンロケプロジェクトの評価においては最終廃棄コストに含まれていない。

1997年更新版アセスメントが提示する堆積に関する見積もりは信頼性を欠いているため、添付資料(J-1)の中で提示した環境リスクアセスメント(Environmental Risk Assessment, ERA )の中で、上流の貯水池から流れ出る堆積物の総量、堆積の圧縮、人の生活活動や自然現象などにより河川で起こる堆積について触れられることになっている。

以下の分析は、環境アセスメントで適切に扱われていない堆積に関する予測値、植林計画、集水域管理計画や下流域への影響についての信憑性を懸念するものである。

算出された堆積率の信憑性について

環境アセスメント調査で算出された貯水池内の堆積率には信憑性がなく、それぞれ、流出量、や河川及び貯水池内の堆積率などの値は低く見積もられている。その結果、ダムの稼動可能年数が誇張されているようである。これはまた、経済的効果や割引率、資産減価などの償還条件や、 ユーザーに対する利益の適正化にも影響することになるだろう。

稼動年数の短縮はまず灌漑用水の減少として灌漑用水利用者に影響を与える。最終的には堆積によって取水口まで埋め、発電にまで影響を与えることになりかねない。貯水池にたまった堆積物を掻き出す費用はこれまでの実施可能度調査の中には含まれていないため、これは追加運営・管理コストとなるであろう。

1997年更新版アセスメントが提示する貯水池内の堆積率によると、ダムが寿命を迎えた時には全堆積量は2億7千5百万立方メートルに達すると予測され、その内訳は川の自然侵食による流出堆積物が1億3千6百万立方メートル、採鉱所からの廃棄物(土砂など)が、9千3百万立方メートル、ビンガダムからの流出が4千6百万立方メートルとなっている。環境アセスメントでは、最終的な堆積物の総量は貯水池の無効貯水域の86%埋めるとしている。無効貯水量とは貯水池の一番下の放水口あるいは運用レベルよりも下の水量のことをいう。

ところが実際は、貯水池内の堆積の水力学ではほとんどの堆積は有効貯水域で起き、深い底の部分では比較的堆積が起きにくい。環境アセスメントが明記している堆積容量と貯水容量から考えると、全体的な貯水容量(8億5千万立方メートル)は正確には32%少なくなるだろう。貯水池の無効貯水量、有効貯水量への正確な堆積形態や速度を確定するためには、堆積の模擬実験を行う必要がある。

 無効貯水域のみに堆積が起こるとの環境アセスメントの仮定には欠陥がある。アンブクラオでの堆積の増大により貯水池上流部の川底で堆砂が起こり、アンブクラオ水力発電所での発電に大きな影響を及ぼした実例(1997年改定版環境アセスメント、3-19ページ)から見ても、この仮定は非常に矛盾するものである。サンロケダムの貯水池上流部でも堆積の増大は予想され、貯水池の上流の川床付近で洪水の見込みや深刻さが増すことになるだろう。

 非常に重要な無効貯水域についての評価をさらに進めていこう。無効貯水域は貯水池のデザインにおける基本的な機能として、貯水池内で起きる堆積・沈殿の受け皿としての機能を持もっている。つまり貯水容量はダムの寿命年数の総堆積量を計算して大き目に設計されている。環境リスクアセスメントによると、ダムの寿命は堆積物圧縮の度合や通常の鉱山からの堆積がどのくらいになるかによって、66年から36.6年とされている。環境リスクアセスメントでは堆積が無効貯水域のみに堆積することを仮定し、無効貯水域が満たされる年数とダムの寿命が同じであるとしているが、これは誤りである。

無効貯水域はダム建設業者が決めたデザインおよび操業の選択である。別の方法としては、長期間にわたって堆積管理を行うデザインのダム、たとえば小規模な貯水池のダムでもモンスーン期に堆積物を押し流してしまうほどの多量の水を確保し放水し、貯水池の水位の低下を図る方法がある。

ダム運用設計と堆積対策の決定に役立つ指標計数:

  • 貯水容量を年平均流水量で割った値:
  • 貯水容量を平均堆積量を割った値:

 バッソンとルーズブームが1997年に世界中の貯水池をこの2つ指数によって調べ、世界のほとんどのダムはこれによって区別することができる

          A型ダム率が0.2より小さく、率も100より小さい、このようなダムは放水、堆積物排出伴に可能な十分な水量がある。

          B型ダム率が0.2より大きく、率が100より大きい。堆積沈殿を十分に許容するよう設計されたダム

          C型ダム率が0.2より大きく、率が100より小さい。短期間で貯水池が堆積物で埋まってしまい、貯水容量が減ってしまうダム

 上記の指数を使用してサンロケダムの環境アセスメントで報告された貯水容量、流水量、堆積量で計算すると率が0.32、率が81となり、サンロケダムはC型ダムの部類にはいり、比較的に短期間のうちに貯水容量を失う可能性が高い。興味深いことは、サンロケダムの貯水池の堆積量から技術的な模擬実験に基づいて考えると、巨大な無効貯水域に頼るよりも、同様の貯水池で積極的な堆積管理を行うというデザインも考えられたはずである。もちろん、この選択はサンロケダムの汚染処理ダムとしての機能を妨げることになる。

この環境アセスメントでは、堆積率が実測値ではなく推測値が示されている。「最適な推定値」とは精密科学ではなく経験に基づいた推測に過ぎない。よって、堆積物の3つの部分のそれぞれに関わる基本的仮定の不確実性と変わり易さを反映させるために、推定値には堆積物の溜まる速さについて25から50%の幅を見込むことが合理的である。この程度の幅は決して大きなものではない。なぜなら、アグノ川沿いの2つの貯水池を含む世界の多くの貯水池で、建設時の予想よりも1ケタ、あるいはそれ以上の速さで堆積物が溜まったことがあるからである。本件にあてはめれば、堆積率が16%超過しただけでも、必然的に堆積物は有効貯水域に溜まり、それは容易に下流に流れ出し、サンロケダムで示された水質目標の達成を不可能にするだろう。いずれの場合でも、前に述べたように、無効貯水域がいっぱいになってから有効貯水域に堆積物が溜まり始めるという仮定は正しくない。

環境アセスメントでは沈殿した堆積物の圧縮は5%と仮定している。しかし、この仮定を裏付ける資料も根拠も提示されていない。圧縮の度合いは、どの地域の堆積物なのかその大きさにもよるし、貯水池に流れ込む流量にもよる。サイズの大きい圧縮されていない小石などは上流で集積し、小さな砂粒上の泥や砂などは途中で止まってしまわずに貯水池まで流れこむ。

環境アセスメントで記述されている貯水池における三種類の堆積沈殿についての分析は、以下のとおりである。

  1. サンロケ集水域からの堆積物の流入

    1997年の環境アセスメントによるとサンロケ集水域からの年平均の1平方キロメートルあたりの侵食率は7千立方メートルである。ビンガダムで計測された値よりも5%高いということ意外にこの推測についての詳細な説明も根拠も明記されていない。環境アセスメントは将来のサンロケダムの貯水池への年間堆積の見積もりは適切で、実際のアンブクラオ、ビンガの貯水池の堆積を基にしていると指摘している。

    しかし、環境アセスメントは30年という長期間を平均した堆積率を基に推定値を出しており、最近の実測値によるものではない。ビンガダム建設後の1986年から1992年の6年間の平均堆積率は毎年350万立方メートルで、これはダム建設以前も入れた1960年から1992年までの32年の平均、毎年163万立方メートルの2倍以上となっている。1990年に起きたルソン島地震による地形への影響を切り離して考えても、流水域ではダム建設前の状況と比べて急速に侵食が進んでいることが分かる。実際ビンガダムの貯水池の1960年から1967年までの堆積率は、その後1979年に行われた調査ではほぼ2倍に達している。さらに、地震の可能性や台風などによる土砂崩れとうも予想されるので、これらの要因も計算に含めて見積もる必要がある。

    河川の堆積率は、川床の性質や上流域にどれだけ侵食されやすい物質があるか、また堆積物を運ぶ水量などの要因によって算出される。1997年の改訂版の環境アセスメントでは、ビンガ集水域での年間侵食率とサンロケ集水域での年間侵食率をサイズや地形を考慮しつつ関連づけて推測が行われた様子はない(サンロケ集水域はビンガ集水域よりも深く、また広い)。このような地形の特徴は水流の速さや推量、堆積物を運搬許容する量などにも影響する。1997年の改訂版環境アセスメントにおいて、実際の河川の堆積運搬率に反する堆積率の推測における確証はない。

    1985年のJICAの調査書の表3.2.1には貯水池への堆積量は毎年1,040万立方メートル、サンロケ上流のアグノ川上流域からアグノ川下流への総流入量は540万立方メートルであると提示されている。これらの数字には鉱山からの廃棄物質は含まれていない。これらの廃棄物は汚染処理池に溜まり川への流出は無いと考えられている。この年間堆積量と流出量の違いは、JICAの調査によると貯水池、チェックダムやその他の堰への堆積や掘削によるものである。JICAの堆積物の流入量についての表3.2.1によると、川の堆積は2億7000万立方メートルでこれはダムによって水流が止められた場合の50年間の総量である。この総量は環境アセスメントが提示したサンロケ集水域における堆積(1億3600万立方メートル)の約2倍である。もし、JICAの総堆積量を導入して推測するなら(ただし、集水域での侵食が激しく堆積物を止めることができない場合)、川の堆積物の流入は堆積量の5億2500万立方メートルになる。この場合堆積は推測よりも4倍の速さで起こることになる。

     

  2. 鉱山からの廃棄物

    1997年の改訂版の環境アセスメントでは、ダムの運用期間内のサンロケ貯水池への鉱山からの廃棄物の流入を2億5100万トンとフィリピン電力公社(NPC)の推測値に頼っている。NPCはその根拠となるものを何も示しておらず、この数値がどのように出されたのかを判断することは難しい。環境アセスメントのほかの部分でも、鉱山からの廃棄物の排出データは採鉱管理報告書を出所としている。こうしたデータが採鉱業者が従うべき環境条例を基に出されたものであって、明らかに低く見積もられていると疑って当然といえる。環境アセスメントはデータの公平性、正確性について何ら厳密な調査を行っていないのが現状である。

    改訂版の環境アセスメントでは、粒子の比重を1立方メートル当たり2.7トンとして排出された廃棄物量は9300万立方メートルと算出している。しかし、この数値の根拠もまた、明確ではない。というのは、もし比重が低ければ蓄積される堆積率は高くなるはずだからである。サンロケダムの環境リスクアセスメント(38ページ)ではタスマニアでの銅採掘による廃棄物の比重は1立方メートル当たり1.7トンであるとしている。この低い比重を使用すると、推測された廃棄物の流出は1億4800万立方メートルとなる。サンロケでの鉱山開発による廃棄物の比重の取り方を含めると、サンロケダムへの堆積量は50%以上低く見積もられていることになるだろう。

     

  3. ビンガダムからの放出量

堆積を計算する最後の要因は、ビンガダムから直径6メートルの堆積物排出トンネルによってビンガダムの貯水池内の堆積を取り除く計画によるものである。環境アセスメントによるとこれによってビンガダムの貯水池から4300万立方メートルの堆積が放出されることになる。この両派ビンガダムの排出トンネルの高さ以上に、すでに溜まった堆積量を示すもので、新たに上流から注ぎ込む分は含まれていない。ビンガ集水域からの堆積物もアグノ川へと流出され、やがてはサンロケ貯水池に流れ着くとなれば、ビンガダムにすでに堆積している4600万立方メートルに加えて集水域の侵食による泥水もサンロケ貯水池に流れ込むわけで、1960年から1992年あるいは1986年から1992年までのビンガでの平均堆積量のどちらを使用しても、ゆうに8100万から1億7500万立方メートルの堆積が予想される。

最後に、1997年の改訂版のアセスメントが示している堆積量と異なる堆積の資料を基に不確実性を含めた上で50年以上にわたっる堆積の予測を比較した。

堆積物の出所

アセスメント推定値

予想される上下幅

流域河川の浸食による

136

270−525

採鉱廃棄物

93

93−148

ビンガダムによる放出

46

127−221

総堆積量

275

495−895

 

この比較表からも分かるように貯水池への堆積物の流入はもっとも楽観的に見積もっても、率にして約2倍から3倍早いことが分かる。言いかえれば、集水域で堆積物が非常に多い状況ではダムの稼動年数は大幅に短縮され、約25年、あるいはそれ以下となることが予想される。このダムの稼動可能年数の短縮は前にも述べたように、1984年の環境アセスメントにおいてもすでに推測されており、非常に現実的なシナリオである。

改定版アセスメントとオリジナルの差異について

堆積問題に関する、1984年版の環境アセスメントと1997年の改定版の違いは特筆すべき事項である。1984年版の第5章(申請された計画の展望と環境影響調査について)では、堆積物流入、堆積率及びダムの稼動年数における堆積の影響の推測などのデータを提示している。この章で示されている分析は2つの方法を用いている。

  1. 第一義的なデータの活用。つまり、アグノ川の計測ステーション6.0で測定された固形物に関する堆積率データの活用と、
  2. 補足的なデータの活用。つまり、貯水池の上流部で超音波によって行われた調査データと、採鉱管理報告書からとった堆積率の活用。

また、ダムの稼動可能年数は次の4つのシナリオによって算出されている。

  1. 採鉱所が一定量の採掘を1998年まで続けた場合
  2. 採鉱所が採掘量を増加しながら1998年まで続けた場合
  3. 採鉱所が1998年を超えて採掘を行うか、あるいは新たな採掘現場を設け、一定量の採掘を行う場合
  4. 採鉱所が採掘量を増加しつつ、なお1998年後に新たに採掘現場を掘削する場合。

ダムの稼動可能年数を上記の最初のシナリオで予想すると、補足的なデータを基にすると40年、第一義的なデータを使用すると35.5年となっている。4番目のシナリオで算出すると寿命は24年と短縮され(どちらのデータを基にしても)、これは稼動可能年数が40%も短くなることを示す。これは複数の測定要因をもった数値の計算による誤差に加え、補足的データが採鉱業者自身による廃棄物再処理率や川への廃棄物流入量などをベースとしているからである。これらのデータは公正な機関によって、その正当性が認められているわけではない。さらにこれらの算出値には、鉱山以外の人為的な影響による集水域の土壌の侵食は含まれていない。また、将来の堆積量の予測については、アンブクラオとビンガダムが堆積の許容量を超えた後で起きる堆積率の算出が必要となる。1997年の環境アセスメントの情報によると、これらのダムは1984年に予測されたよりも早く埋まってしまう可能性を指摘している。

その1984年の貯水池の寿命による堆積物の影響は、水利や堆積について述べている、1997年改定版の第五章(申請されたダム計画の展望と環境影響調査)のどの章にも見当たらない。おもしろいことに、改訂版の環境アセスメントは上記の補足データのみを使用しているのである。そのうえ、1997年アセスメントではダムの寿命を50年としている。これは1994年の実行可能性調査に基づくものではない。ところが、この50年の寿命は環境リスクアセスメントの68ページで、無効貯水域への堆積率を鑑みた場合の最善と最悪シナリオの平均を取った数字として出されている。しかし、1997年の環境アセスメントでは、稼動可能年数について、さまざまな堆積率の条件下によって予測された形跡は見られない。

このように、1984年の環境アセスメントによる実測データと補足データの差異から推して予測した寿命は、50%と大幅に短縮され約25年となる。これはさらに流域で起きる予測不可能な集水域での自然侵食や堆積、及び適切な処置を欠いた人為的要因などによって起きる堆積などによりさらに短縮されることが予想される。

森林再生と集水域管理計画について

1997年の改訂版環境アセスメントの添付資料のEには、サンロケ集水域の集水域管理計画と、現行の侵食対策、集水域再生プロジェクト、植林、森林の再生などを統合して新たに申請されたプロジェクトについて述べられている。しかし、この資料には川の土手などの安定化や植林、農林業開発、農業従事者の訓練などの通常提示されるべき事柄と手続きについてほとんど記述されていない。その他様々な通常提示されるべき事柄については、実施されてはいるが十分な結果は得られていない、にもかかわらず計画の改善についてはまったく述べられていない。

添付資料Eでは、現存する森林の管理や森林火災、無許可伐採、炭焼きや不法な焚き薪拾いなどからの保護でさえも難しいと述べている。「大まかに見積もって毎年約390ヘクタールが河川流域に沿って森林の再生化が行われているが、同時に約570ヘクタールもの森林が火災や不法伐採によって失われている」(添付資料E, 2-13ページ)としながらも、林業開発と植林計画では植林木の種類を伐採用と焚き薪用木に限定している。現存する第二世代の森林にラタン(ヤシ科、トウ属、学名Calamus daesius)を導入し、統一化を図るという計画は環境改善や社会経済の成功には結びつかないかもしれない。というのは、ラタンの商業化は確かに或る程度の経済効果を地方にもたらすが、農的な総合システムをラタンを中心にして行う場合には、第二世代森林の生態などの、それ相当の理解が必要であり、また、適切な誘因と、安定した経営形態を模索することが重要である。ラタンが不当に収穫されるようなことがないと断定できなければ、集水域の侵食が起きないとも断言できないわけである。さらに、殆どのラタンがプランテーション栽培(参考文献:Stockdale 1994年)によるものであり、自然林で収穫された野生のラタンの生態などはまだ良く分かっていないのが現状である。流域森林で商業目的のラタン栽培及び収穫がどのような影響を及ぼすものかは不明である。

侵食対策について環境アセスメントでは、限られた予算のために貧弱で「集水域の侵食状況はその効果を表しているようだ(添付資料2−13ページ)」と述べている。よって、現行及び提案されている集水域管理対策や侵食対策は、堆積率を減らすために効果的ではないだろうという仮定は的確なものであるといえる。

下流域への影響

アグノ川の下流域では、泥砂などの流入が減るために土手や川床の侵食が起きる。上流域での侵食対策が適正とは言えないうえに、下流域での侵食対策は集水域管理計画の中に含まれていない。これに関連して、1984年の環境アセスメントでは、下流での水利用のためにダム貯水池にシルト(微小泥砂)の堆積が問題となることや、適当な時期に貯水池から堆積物を下流域へ放出する必要があることを認めている。しかし、こうした対策はダム貯水池に毒性のある汚染物質を沈殿させ、下流への流出を防ぐとする計画に相反する。貯水池堆積物の放流は毒性物質を下流域へ流すことになるだろう。

アグノ川河口のデルタの近くのリンガイェン地方では水量の減少や、デルタ域にとって非常に大切な季節増水の減少により、海水の進入が起きる。1997年の環境アセスメントの概要では、この下流域の河川利用者への悪影響は「自然洪水をおよそまねた制限放流によって軽減することができ、またこれによって、フラッドプレーン(季節的に軽い洪水が起こる下流域の平地)への海水の進入や塩化を最小限に押さえ、地下水供給への影響を最小限に押さえ、漁業継続のために最低限必要な水量の確保をする」と述べられている。しかし実際には、アセスメントのどこにもこの制限放流についての詳細、その量や時期の算出と根拠についてなどは明示されていない。そのうえ、そのような放流が灌漑利用と発電の経済的、技術的可能性に影響するかの明記もない。自然の川の流れが必要な下流域の河川や河口の生態系について、より精密な調査が必要である。またこのような調査は当然、ダム操業者の調査書類に含まれるべきである。

1984年の環境アセスメントでも1997年の環境アセスメントでも、上流からの堆積物が土地にとって重要な養分であること説いてはいない。本来、シルト泥に含まれて運ばれてきた栄養分が土壌を肥やし、これに依存していた農業は、昨今、化学物質に頼らざるをえなくなってきており、パンガシナン地区のフラッドプレーンの農業に経済的打撃を与え、且つ環境に影響を及ぼすことになるだろう。

 

参 考 資 料

      Basson, G.R. and A. Rooseboom, 1997. Dealing with reservoir sedimentation. South African Water Research Commission Report.

      バーソン、貯水地堆積沈殿対策について。

      Stockdale, M.C., 1994. Inventory methods and ecological studies relevant to the management of wild populations of rattans. Report submitted to CIDA, Oxford Forestry Institute. Canadian Bureau of International Education.

      ストックデール、野生ラタンの収穫調節や生態調査など。
      San Roque Multipurpose Project
      Review of Environmental Impact Assessment Study
      Construction/Geology/Seismicity.

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