公的資金による日本の輸出信用と投資保険


プロジェクト・コーディネーターによる解説と現状

 「先進国からの民間セクターの資金の流れは、世界的に持続可能な開発へ重大な影響を持っている。政府はインフラ整備や設備への投資に対する金銭的支援を行うときは、環境的要素を考慮に入れて持続可能なやり方で進めていくようにしなければならない。われわれはOECD内でのこの仕事に重点を置き、我々の来年の会合で進捗状況をリビューする。」これはデンバーで開かれた1997年のG7経済サミットでのG7諸国の声明の一部である。

 この声明の中でもふれられているように、現在先進国からの民間資金の流れが世界各国特に途上国での開発に大きな影響を与えている。経済不況、行政改革の流れの中で日本国内での今年のODA予算は10%削減と大幅な削減になっているが、一方民間資金の流れはますます活発化している。1985年に120億ドルであったOECD諸国から発展途上国への民間資金の流れは1994年には950億ドルと約10年間で8倍近いのびを示している(図1)。

 これまで、NGOは公的資金による開発援助プロジェクトの環境的・社会的影響に目を向けてきたが、途上国への民間資金の流れが急速なのびを示している現在、これまで環境的・社会的配慮がほとんどなされてこなかったこの民間資金の流れについても注目していく必要が出てきた。公的資金による貿易保険や輸出信用は、途上国への民間資金の還流を促進するために民間資金フローに伴うリスクを幅広くカバーするものであるが、現在十分な環境・社会基準や透明性を持ち得ていない。今後、民間資金投資による環境・社会影響に注意を払っていくに当たって、公的資金による貿易保険や輸出信用に関しても、環境・社会基準に配慮していくよう働きかけていく必要がある。

 日本で貿易保険、輸出信用を取り扱っているのは通産省貿易局の為替金融課、貿易保険課と日本輸出入銀行である。これらの機関はODAなどの援助機関と異なり、日本の「企業活動の国際化に対する支援を主な目的」としているため、公的資金を運用しているにもかかわらず十分な環境的・社会的配慮がなされておらず、融資物件に関しての情報も非常に閉ざされた状態である。特に通産省は環境・社会基準を全く持っておらず、年次報告も一般市民向けに作成していないため貿易保険に関する情報はほとんど市民に知らされていない。

 現在、日本は年間約46.0兆円(1996年)の輸出を行っており、このうち19.0兆円に貿易保険がかけられている。これは世界の貿易保険全体の35%にあたる。日本はカントリーリスクの大きな国への輸出は公的資金である貿易保険よって守られる、大輸出支援国家なのである。各国の経済状況によって貿易保険を受ける輸出の割合は様々である。日本は46%(1991年)、フランスは27%でこの2カ国がトップである。また、ドイツが2%、スイスが1%、貿易保険の組合組織であるバーン・ユニオンの平均は13%となっている。

 日本の貿易保険は企業が安心して海外取引ができるように輸出、輸入、仲介貿易、海外投資等の対外取引において生じる1)為替取引制限等の非常危険(政治的リスク)、2)相手方の破産等の信用危険による損失(商業的リスク)の両方をてん補するもので、毎年200億円以上のお金が一般会計から歳出されている。このうち途上国への 貿易保険の割合は約40%で8兆円を越える規模となっており、これは毎年のODA予算を大きく上回っている。

 一方日本輸出入銀行の1年間の融資実行額は1兆1987億円(1996年) で、これもODAをしのぐ融資規模となっている。融資の78%は途上国向けであり、特にアジア向けが47%と大きな割合を占めている。日本輸出入銀行は特に「天然資源に乏しいわが国が今後も経済発展を遂げるため」の資源開発に積極的に支援を行い、関連するインフラ整備などへの資金協力も行っている。

 公的資金によって成り立っている輸出信用・投資保険機関(ECAs)は、世界の輸出全体の10.4%にあたる4320億米ドル(約55.5兆円)(1996年)の支援を貿易と投資に対して行っている。このうち年間で700億米ドル(約9.0兆円)以上が環境・社会への影響が非常に大きい途上国への長期の融資あるいは投資プロジェクトへの保証である。これらの機関からの長期融資は途上国の債務の20%以上を占めており、途上国政府の債務のうち政府や公の投資機関からの債務の37%を占めている。

 これらの輸出信用・投資保険機関を輸出信用機関(Export Credit Agency)と呼んでいるが、イギリスではECGD(貿易産業省輸出信用保証局)、アメリカではEXIM BANK(輸出入銀行)、ドイツではHERMES(ヘルメス信用保険会社)、フランスではCOFACE(フランス貿易保険会社)などが同様の業務を行っている。これらの機関はいずれも政府自らあるいは政府の支援の元に政府関係機関あるいは民間の損害保険会社が業務を行っている。また、世銀グループのMIGA(多国間投資保証機関)も同様の業務を行っており、1993年6月に通産省はリスクの大きなものに関しては再度保険をかける再保険契約をMIGAとの間で締結している。

 1994年からOECDの輸出信用グループでアメリカの輸出入銀行が各国のECAに共通の環境基準の設定についての提案を行い、それ以降OECD内での共通の環境基準の設置に向けての取り組みが行われてきた。OECDの輸出信用グループはこれまで年2回4月と11月に会合を持ち、共通の環境基準に向けての調整を行ってきている。また、今年のバーミンガムでのG7経済サミットではその進捗状況をリビューする事になっている。

 この共通の環境基準の設置は、国際的なダブルスタンダードへの懸念から生まれた議論である。この例は三峡ダムへの入札に顕著に現れている。というのは、三峡ダムの融資に関してアメリカの輸出入銀行が環境・社会基準に配慮して融資を見合わせたにも関わらず、その後ドイツのHERMES、スイスのERG(Export Risk Guarantee)、日本輸出入銀行が融資を決定したという経緯がある。アメリカの輸出信用機関であるアメリカ輸出入銀行とOPIC(海外民間投資公社)は2年間に及ぶ環境NGOのロビー活動の結果、例外的に環境基準を持っているのである。

 これ以外にもインドのナルマダ川のマヘスワープロジェクトのような非常に多くの貧しい人々の強制移住を伴う大規模ダム、保護地区や先住民の人々の土地での環境破壊を伴う鉱物資源の採掘、顕著に現れてくる気候変動への影響やより環境に優しいエネルギー投資に配慮しない大規模石炭火力発電所、地球に残された未開の熱帯や温帯の森林の持続不可能な搾取への大規模投資などがある。三峡ダムのようなケースが今後起こらないように、共通の環境ガイドラインを作ろうという動きが各国で始まっているのである。

 特に三峡ダムへの融資を決めたドイツ、スイスでは環境NGOによる輸出信用機関のキャンペーンが積極的に展開されている。ドイツでは国内の70以上の団体がキャンペーンに参加し、公的資金によって支えられている輸出信用機関に対して1)環境影響調査が求められていないこと、2)途上国向けの輸出に対する貿易保険の金額が政府開発援助予算規模の2倍であるにも関わらず、ドイツ政府の開発政策が適応されていないこと、3)トルコやインドネシアなどに軍事関連の輸出に関しても貿易保険が出されていること、4)人権に対する配慮がなされていないこと、5)賄賂に関して最小限の対応しかしていないことなどを問題にしている。

 日本は日本輸出入銀行が融資を決めたが幸か不幸かモーターの受注をすることができなかったため、その後輸出信用の問題は大きく取り上げられることはなかった。しかし、冒頭で述べたように民間資金の流れが世界の特に途上国での持続可能な開発に大きな影響を及ぼし始めている現在、輸出支援大国日本ととしても公的資金による輸出信用の環境・社会基準、情報公開、市民参加などを求めていく必要がある。

 以下は、3月の末にドイツで行われた輸出信用に関するNGOワークショップで合意された「輸出信用・投資保険機関の改革に向けての国内外のNGOの要望書」の概要である。これは輸出信用・投資保険機関の環境基準について話し合われた4月21〜22日にパリで行われたOECDの輸出信用グループの会合、5月15〜17日までイギリスのバーミンガムで行われたG7/8 サミットに向けてのNGOの要望書として作成されたものである。今後地球の友では日本国内でも輸出信用・投資保険機関の環境・社会基準、情報公開、市民参加などを求めるキャンペーンを国内外のNGOと協力して展開していく予定。より詳しい情報、キャンペーン活動に興味のある方は地球の友(tel: 03-3591-1081, E-mail: finance@foejapan.org)までご連絡ください。

 

輸出信用・投資保険機関の改革への国内外のNGOの要求(概要)(1998年3月31日)

我々は政府とOECDに、我々の国内や以下のような批判的な課題のある輸出信用の受け入れ国内の市民社会との率直で建設的な対話の場を要求する。

1. 十分な透明性と市民参加

 環境・社会影響についての情報へのアクセス、対話、市民社会や影響を受け利害関係のある地域やグループの参加は、投資や経済開発を支援する公共機関にとって基本的な原則であり、これは多くの国際的な場や組織で認識されているものである。透明性や影響を受ける地域や関心を寄せているグループとの対話の欠落はプロジェクトのリスクを増加させている。本来、輸出信用・投資保険機関はこのリスクを押さえるべきものなのであるが。

2. 環境面でのスクリーニングと環境アセスメントの必要性

 環境面でのスクリーニングとは特定毒性物質と持続不可能なプロジェクトへの金融支援を禁止する手続きである。これは透明性があり独立して準備された参加型影響評価とともに、OECD諸国内で公的資金や保証が適正に運用されることを担保にするための共通の要項とされている。

3. 社会の持続可能性

 公的資金によって支えられた民間セクター投資は、多くの別の用途のある乏しい公的資金の支援を使ったその見返りとして、先進国、途上国の公共の利益にかなっていなければならない。公的資金を使うときには、保証やリスク保険は影響を受ける地域や市民に環境的・社会的貧困をもたらしてはいけないし、直接的、間接的に基本的人権を侵すような投資への支援があってはならない。

4. 共通の環境・社会基準への合意の必要性

 上記のような原則に則って、我々は各国政府に対してG7、OECDやその他の場などを通じて、以下の要領で輸出信用機関に対する共通の環境・社会基準に合意することを強く要求する。

  • 2年以内にこの合意を達成するという期限をもうけること
  • 公的・民間の投資によって援助を行っている世界銀行やOECDの開発援助委員会(DAC)といったその他の公的資金によって支えられている機関が持っている最低限の合意を元にすること
  • OECDでの協議に参加している投資保険機関だけでなく、バーン・ユニオンや国際信用組合、投資保険の共通の場に参加しているその他の投資保険機関にもその合意に達成する合意書を広めること