ベトナム・ブンアン2石炭火力発電事業とは?

化石燃料2022.1.20

>脚注を含んだ概要と問題点PDF版はこちら(2022年1月20日更新版)

事業概要

目的:1,200MW(600MW×2基)規模の石炭火力発電(超々臨界圧)

建設地:ハティン省キーアイン県キーロイコミューン ハイフォン村
(Hai Phong hamlet, Ky Loi commune, Ky Anh district, Ha Tinh province)
ブンアン経済区内、既設のブンアン1石炭火力発電所の隣接地

総事業費:約23億米ドル(約2,369億円)

事業実施者:Vung Ang 2 Thermal Power Company(VAPCO)
=OneEnergy Asia Ltd.100%出資の特別目的事業体(SPV)

OneEnergy Asia Ltd.(本社:英領ケイマン)3は、三菱商事の香港100%子会社であるDiamond Generating Asia – DGA4が25%、韓国電力公社(KEPCO)が40%、日本の電力会社である中国電力が20%、四国電力が15%を出資する合弁会社。

もともとは、三菱商事が、香港の電力会社CLPホールディングスと設立したOneEnergy Asia Ltd.だが、CLPは2019年12月17日に新規の石炭火力発電事業からの撤退方針5を発表し、ブンアン2同様、ベトナムで計画が進められているビンタン3からも撤退するとした。中国電力がVAPCO株の20%を取得し、40%(CLPの持ち株分)については三菱商事からの提案によりKEPCOが取得を検討し、2020年10月5日の理事会で取得を決定。また、15%を四国電力が三菱商事から取得。中国電力および四国電力ともに、2021 年 12 月 24 日にプレスリリースでブンアン 2 に参画していることを公表。

融資者:
公的金融機関: 国際協力銀行(JBIC)、韓国輸出入銀行(KEXIM)
民間金融機関:みずほ銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、三井住友信託銀行、Bank of China(当初銀行団に名前が挙がっていた、DBS銀行(シンガポール)、オーバーシー・チャイニーズ銀行(OCBC)(シンガポール)、スタンダードチャータード銀行(英)は脱石炭方針により撤退)

保険:
・日本貿易保険(NEXI)ほか

借入の内訳:
総事業費のうち23%(約5.3億米ドル)はVAPCO資本、77%は借入(約17.7億米ドル)。借入の内訳は、JBIC:約6.4億米ドル、民間:約4.2億米ドル、 KEXIM:約7.1億米ドル。

事業アドバイザー:
・財務:みずほ銀行
・法務:アレンズ・アーサー ロビンソン法律事務所(豪)
・技術:Black & Veatch(オーナーズエンジニア)

設計・調達・建設(EPC):
斗山重工業(韓国)、サムスン物産(韓国)(以前はEnergy China GPEC(中国)及びゼネラル・エレクトリック(GE)(米)であったが、GEは2020年9月21日に新規石炭火力案件からの撤退方針を表明。

O&M(運用・保守):
・韓国電力公社(KEPCO)が主導することが予定されている。
・石炭はインドネシアおよびオーストラリアからの輸入炭を使用。

日本との関わり

事業実施者:三菱商事、中国電力、四国電力が出資
公的金融機関: 国際協力銀行が融資
民間金融機関:みずほ銀行(幹事行)、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、三井住友信託銀行が融資
事業財務関係アドバイザー:みずほ銀行
保険:日本貿易保険および民間保険会社が付保

主な経緯

*出典はPDFを参照のこと。

動き
2006年ブンアン2発電事業につき、日本がIPP(独立系発電事業)スキームで参加する可能性につき検討される。
2007年Vung Ang 2 Thermal Power Joint Stock Company(VAPCO)が、リラマ社(ベトナム・LILAMA Corp.)、リー冷蔵電気工業(ベトナム・REE Corp.)、OneEnergy Ltd.との間で設立。
2009年3月VAPCOがブンアン2石炭火力発電事業をBOT(Build Operate Transfer)により行うことにベトナム政府が合意(VAPCOの当時出資比率は、リラマ社 – 25%、REE – 23%、OneEnergy – 30%、 その他企業 – 22%)。
2010年環境社会影響評価書(ESIA)2010年版が完了。
2011年1月ESIA2010年版が天然資源環境省(MONRE)により承認。
2011年9月リラマ社がすべてのVAPCOの株をREEに売却。
2012年8月出資者の再編によりVAPCOの出資比率は、REEが51.55%、OneEnergyが48.45%に。
2015年ブンアン1石炭火力発電所が稼働開始。
2015年ESIA2015年版が天然資源環境省により承認。
2016年発電方式が超臨界圧(SC)から超々臨界圧(USC)に変更。
2017年1月OneEnergy と商工省(MOIT)が本事業への投資に合意。
2017年4月Energy China GPECおよびGEが、VAPCOとのEPC契約に基本合意。
2018年4月REEがOneEnergyに全株を売却。VAPCOが、Vung Ang 2 Thermal Power Joint Stock Companyから、Vung Ang 2 Thermal Power Companyへ名称を変更。
2018年7月計画投資省(MPI)が、商工省(MOIT)、OneEnergy、VAPCOに対し投資証明の発行を拒否。
2018年9月VAPCO、新ESIAを天然資源環境省に提出。
2018年10月新ESIAが天然資源環境省により承認。
2018年11月発電方式変更に伴うESIA補遺版が天然資源環境省に提出され、承認。
2019年5月ベトナム首相が公文書(No.519/TTg-CN)を発行し、天然資源環境省に沿岸海域のリースに関する問題を解決するよう命令。また、商工省に、事業の契約および関連文書の最終化を指示するよう命じる。
2019年7月事業に関わる全ての契約(BOT契約、電力購買契約(PPA)、政府保証(GGU)、土地リース契約(LLA))の合意が完了とVAPCOが報告書に記載。
2019年11月OCBC銀行が事業から撤退。
2019年12月OneEnergyに出資するCLPが、新規石炭火力発電事業からの撤退を発表。
2019年12月スタンダードチャータード銀行が事業から撤退。
2020年1月DBS銀行が事業から撤退。
2020年2月JBIC/NEXIがウェブサイトにESIA2018年版及びESIA補遺版を掲載。融資/付保検討中であることを公表。
2020年9月GEが新規石炭火力案件からの撤退を表明。
2020年10月KEPCOがCLP持ち株分の取得を決定。斗山重工業がEPC契約締結。サムスン物産がEPC参加決定。
2020年12月用地取得のため予定地内に農地と墓地がある住民の一部に補償・支援金が支払われたと報道。
2020年12月JBICがKEXIM及び民間銀行と協調融資決定。
2021年7月予定地内の森林24.42haの用途変更をハティン省人民委員会が人民評議会に申請したと報道。
2021年8月森林の用途変更が承認されたと報道。
2021年12月24日四国電力が三菱商事からOneEnergyの15%を取得し、事業に参画と公表。中国電力も参画を公表。
2021年建設開始予定
2025年稼働開始予定

主な問題点

(1)気候変動影響

2015 年にパリ協定が採択され、地球の平均気温の上昇を産業革命前と比べ1.5度~2度未満に抑えることが国際的に合意された。国連環境計画(UNEP)の排出ギャップレポートによれば、新規の石炭火力発電所建設は、この目標と整合性を持たないことが明らかになっている。

ベトナム政府は、2021年の国連気候変動枠組条約第26回締約国会合(COP26)で、温室効果ガス排出のネットゼロを2050年までに達成するとスピーチした。また、GLOBAL COAL TO CLEAN POWER TRANSITION STATEMENTにも署名し、石炭火力からクリーンエネルギーに移行することに合意した。

ベトナムは気候変動脆弱性インデックス において、常に上位に位置づけられている国であり、最も気候変動影響に脆弱な国の一つと言える。2001年から2010年の間には、異常気象や自然災害によって、平均1.5%のGDPに相当する損失が毎年生じている。2020年には10月だけで4つの台風が中部に上陸し深刻な被害をもたらした 。石炭火力発電所による温室効果ガスの排出は、気候変動をさらに深刻化させ、海面上昇、台風の巨大化、水害などが多発すればさらなる被害が予想される。

(2)適切な住民参加の欠如

ESIA作成時には現地住民の適切な参加が不可欠にもかかわらず、事業者は現在起きている問題、また今後起きる問題についての説明会を十分に行っていないとの指摘がなされている。事業に付随するリスクや影響、それらに対する緩和策に関する情報も開示・提供されていない。現地住民は、政府担当者と会合を何度か持ったとされているが、事業自体についての情報、水利用に関する問題、新しい交通手段の必要性などについて、ほとんど聞かされていないとのことだ。実際に2010年に完了したESIAによると、186世帯中136世帯が正式な通知を受ける前に事業について知っていたものの、事業地、事業主、また事業内容についての詳細な情報を知らなかった。ESIAには、こういった情報認識の差を埋めるための具体的な対策については記されていなかった。

また、石炭灰は発電所から約3㎞離れたアッシュポンドまでパイプ輸送される予定だが、事業者はESIA作成時に同時に検討されてきた車両輸送ではなく、ESIA2018承認後にパイプ輸送を選択。しかしその選択をした旨につき、まだ住民への周知や説明を行っていない。

発電所建設予定地の位置するキーロイコミューンは、発電所を含む経済区開発のために最終的には9,900名の住民が移転予定で、同コミューンは行政区としては消滅する予定である。経済区の移転に関しては、適切な移転がなされたか疑問とされる報道がある。

(3)複合汚染問題

発電所建設予定地は、ペトロベトナム(PetroVietnam)によるブンアン1石炭火力発電所の真横に位置する。ブンアン1については、石炭輸送時に周辺に汚染がまき散らされているとして、住民が輸送車両をブロックする抗議が起きている。

さらに、予定地の10㎞未満には、2016年に未処理の廃液放出で大規模な海洋汚染を起こし周辺4省の200㎞に亘る海岸線で魚の大量死を招いた , フォルモサ・ハティン・スチール(Formosa Ha Tinh Steel Corporation)の製鉄所 がある。この海洋汚染はベトナム史上最悪の環境汚染といわれ、言論の自由が制限されているベトナムでは珍しく全国各地で抗議の声が上がった 。製鉄所の横には、同フォルモサの発電所(石炭、ガス)もある。一帯はすでに大気汚染、水質汚染、増え続ける石炭灰などの様々な問題に直面している。

日本が公的資金を投じてベトナムに建設あるいは建設を進めている石炭火力発電所は、現地の排出基準を満たせばよいため、日本国内に建設されるものと同水準の環境対策技術が用いられるわけではない。SO2、NOx、PMなどの排出について、ベトナムではこれら日本の支援を受けた発電所から日本の何倍もの排出があり、早期死亡や肺癌、呼吸器疾患、心臓疾患、脳卒中等につながっているとの分析がある。実際、ブンアン2の建設予定地であり、すでにブンアン1石炭火力発電所が稼働しているキーロイコミューンでは、2017年から2018年にかけて116例の心臓疾患および脳卒中が記録されており、癌は2017年は8例、2018年は4月までで6例。2017年の8月から11月にかけては癌により2名、心臓疾患および脳卒中の患者のうち12名が死亡している。

ブンアン2石炭火力発電所の建設は、この一帯にさらなる複合汚染と健康被害を招くことになる。

発電所出力 (1基分)効率硫黄酸化物(ppm)窒素酸化物(ppm)煤塵 (g/m3N)
ブンアン2ベトナム600MWUSC1182470.03
横須賀火力 (建設中)日本650MWUSC14150.005
表:石炭火力発電所からの大気汚染物質量排出計画地の比較(出典:環境省)

(4)環境影響評価の問題点

適切な住民参加の欠如の他にも、2018年版ESIA報告書について、様々な問題点があることがEnvironmental Law Alliance Worldwide (世界環境法律家連盟、ELAW)により指摘されている。
分析調査によると、同ESIAは、

1. 環境への影響を最小化するために石炭火力以外の代替案が検討されていない
2. 不適切な大気汚染物質拡散モデルを用いたため、大気質への影響予測が無意味なものになっている
3. 国際的な排出基準よりも低い基準と比較している
4. 国際的なガイドラインに反する石炭灰の処理方法を提示している
5. 国際的なガイドラインを逸脱する温排水の排出を提示している
6. 海洋生物種への影響に関するアセスメントが適切に行われていない

石炭火力発電以外の代替案について検討していないことは、JBICが自ら持つ環境社会配慮ガイドラインの「プロジェクトがもたらす環境への影響について、できる限り早期から、調査・検討を行い、これを回避・最小化するような代替案や緩和策を検討し、その結果をプロジェクト計画に反映しなければならない」という規定と矛盾する。

(5)再生可能エネルギーの拡大と経済的合理性

ブンアン2石炭火力発電事業の計画が具体的に進められ始めた2007年には予測できなかったほど、ベトナムで再生可能エネルギーが拡大している。ベトナム政府の「電力開発計画7改訂版」では2020年に再エネ850メガワットが目標とされていたが、すでに2019年には太陽光と風力が計5,700メガワットを占めるに至った。その後さらに拡大し、2020年には再エネが17,430メガワット(設備容量全体の25.3%)を占めた。また、デンマークエネルギー庁は2019年に、大気汚染対策コストも含めた計算で、ベトナムでは2020年には、USCを含む石炭火力に比べて、風力や太陽光の方が低コストになると算出している。

さらに、韓国政府系機関KDIによる予備妥当性評価によると、事業期間中(2020年〜2048年)に発生する支出と収益の現在価値を比較した場合、事業全体では約1億5,800万ドルの損失となると分析されている。

石炭火力発電所をこれから建設することは、パリ協定に反するだけでなく、経済的にも合理性がないことが第三者の分析によっても明らかである。

 

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