サンロケ多目的ダムプロジェクト
輸銀の環境ガイドラインとサンロケダムの問題



 日本輸出入銀行(以下、輸銀)は1999年9月に海外経済協力基金との統合を前に、独自に「環境配慮のためのガイドライン」を策定した。これは、これまで輸銀が内部資料として作成していた「環境チェックリスト集」に手を加え、ガイドラインとして公開したものである。しかし、残念ながら1993年に発表された「環境チェックリスト集」も、この新しいガイドラインもサンロケダムにおいては遵守されていない。以下に、このサンロケダムプロジェクトが新しいガイドラインのどこに抵触しているのか、その詳細を紹介する。

p.1, I. 総論、1. 本行の環境配慮の基本的考え方

「…当該プロジェクトの環境配慮が適切ではなく、環境に著しい影響を及ぼす恐れがあると判断される場合には、(中略)環境配慮の改善を求める。さらに出融資等を行なわないとの判断もありうる。」

→サンロケダムが融資に値するプロジェクトなのか、より慎重な判断が求められている。

p.4, I. 総論、6. 環境配慮の適切性を確認するための基準等

(2)社会環境(特に住民の非自発的移転)「…自然環境への配慮だけではなく、社会環境、特に非自発的な移転を余儀なくされる住民及び周辺住民に対して、説明が十分なされるなど、住民の合意が得られるための適切な配慮がなされていることが必要であり、本行はこれを確認する。」

→サンロケダムのによって長期的に移転を余儀なくされる住民及び周辺住民(イトゴン市ダルピリップ、ティノンダン、サンマニュエル市ナラなど)には十分な説明はなされておらず、住民の合意が得られるための適切なコンサルテーションなどもなされていない。

p.11, II.環境チェックリスト、<水力発電プロジェクト>

1. 自然環境問題、(1)水質汚濁、「…底泥からの重金属の溶出等により水質が悪化し、水生生物へ悪影響を及ぼす恐れはないか。また、富栄養化等に伴う水質汚染により下流での農業用水、飲料水への影響はないか。…」

→水質についての環境アセスメントの分析の中で、ロバート・E・モラン博士は、「サンロケダムは、溜まった水の中に多数の物質あるいは少数の化学成分の溶存濃度を高めるという状況を作り出す可能性を持っている。サンロケダムと状況が大変良く似た、上流に採鉱現場をかかえたダムの例から、深く溜められた水が鉄、マンガン、亜鉛、鉛、水銀、セレニウム、カドミウム、モリブデン、砒素、銅、ニッケルなどの溶存濃度を高めることに作用するかもしれないということがわかる。貯水池はウランなど高濃度化した放射線物質やシアン化合物を含むことになるかもしれない。このような水質の劣化は、高価な水処理の過程を用いて処理されない限り、予定されている農業や上水道に水を利用できなくなってしまう。」と述べて、水質汚濁による環境への影響を懸念している。

1. 自然環境問題、(2)水温変化、濁水長期化、「…濁流長期化により、下流の日光量が減少し、水生生物の成長、生存が阻害される恐れはないか。…」

→水質についての環境アセスメントの分析の中で、ロバート・E・モラン博士は、上記のような水質の変化によって「貯水池や下流の川の水が水生生物の非常に敏感な種、特に特定の魚種に毒性を持つことにもなる。このように化学成分濃度が高まることにより、提案されている貯水池での養殖は難しくなるだろう。」と、水生生物への影響、貯水池での養殖の難しさにについて述べている。

1. 自然環境問題、(4)下流の流量変化、海水浸入、「…沃土流下の阻害により下流の農業生産等に悪影響を及ぼす恐れはないか。」

→堆積についての環境アセスメントの分析の中で、セルジオ・A・フェルド博士は、「上流域土壌の自然侵食による栄養豊かな泥水が貯水池で塞き止められてしまうと、土に養分を残すためにこれらの汚泥に頼っていた下流域、パンガシナン州のフラッドプレーン(季節的に軽い洪水が起こる下流域の平地)の農業に環境的、経済的に大きな打撃を与えることになる。これまで土壌の栄養分を川からの自然の寄与に頼ってきた農業者は、今後化学肥料に頼らざるを得なくなっていくだろう。」と下流の農業生産への影響を懸念している。

1. 自然環境問題、(5)漏水、ダム湖岸崩壊、誘発地震、「…誘発地震の恐れはないか

→地質や地震についての環境アセスメントの分析の中で、ティディアノ・グリフォニ氏は、「貯水池の誘発地震の可能性についてはアセスメントの中で調査されていないが、貯水池の誘発地震の調査はとりわけ200メートルという高い堰堤のダムは負担が大きいため、この調査が非常に重要である」と述べている。

1. 自然環境問題、(8)生態系、「大面積の貯水池化、湖水の富栄養化等により希少動植物の生息域の消滅、ひいては種の減少、その他生態系への悪影響の恐れはないか。」

→ダム周辺に生息する希少動物として、俗名、Philippine hanging Paraket、学術名Loriculus philippinsisの鳥および、俗名、Reticulated python、学術名Python reticulatusのは虫類が環境アセスメントの中であげられています。これはいずれも「ワシントン条約付属書2リスト」にリストアップされている生物で、アセスメントではダムによってこの希少動物にどのような影響があるのかという調査は行われていない。

1. 自然環境問題、(10)工事中の影響、「…工事により環境への悪影響を及ぼす恐れはないか。」

→ダムの下流パンガシナン州サンマニュエル市では、地元での採石作業が当初の予定を大幅に拡大して進められており、ナラ村では数千ヘクタールにわたって10メートル近く採石作業が進み、洪水が悪化し、地域の住民は移住せざるを得ない状況に追い込まれている。

2. 社会環境問題、(1)住民への配慮、NGO、「移転を余儀なくされる住民及び周辺住民への説明がなされ、かつ(女性を含む)住民の同意は得られているか。また、住民に対する正当な補償、移転後の生活基盤の確保等その影響を最小限とする努力がなされているか。NGO(当該国内、海外)の動向はどうか。」

→ベンゲット州イトゴン市ダルピリップやパンガシナン州サンマニュエル市ナラ等、サンロケダムによって将来的に移転を余儀なくされる住民および周辺住民へは、地域にどのような影響があるのかきちんとした説明はなされていない。そのため地元住民はプロジェクトに合意してはいない。ダルピリップの人々はプロジェクトに合意するどころか明確に反対の意思を示している。
 また、サンマニュエル市サンロケの永続的移住地に移り住んだ人々は土地や果樹、家畜を失い、長期的な生計手段を見出せず、移転後の生活基盤が確保されているとは言い難い。さらに、フィリピン国内のNGOを始め、日本、アメリカなど世界各国のNGOがこのダムプロジェクトに環境的、社会的、文化的、経済的な疑問を投げかけており、国連の先住民族会議や世界銀行の世界ダム委員会などでも、ダムに対する先住民族の懸念について報告があげられている。

2. 社会環境問題、(2)文化遺産、「プロジェクトは歴史的、文化的、宗教的に貴重な遺産、史跡等を損なう可能性があるか。」

→イトゴン市ダルピリップは先住イバロイ民族の最後の聖地と呼ばれているところで、イバロイ民族のリーダーが集まり宗教的儀式が行われている場所でもある。また、彼らの祖先が眠る聖域でもある。彼らがこの地を失うことによって、先住イバロイ民族の生活文化そのものが失われてしまうことになる。

3. モニタリング、「具体的にどのようなモニタリング計画を有しているか。当該計画は適切なものと判断されるか。…」

→具体的なモニタリング計画は、その独立性をめぐってベンゲット州イトゴン市議会で議論が行われているところである。現在のモニタリング計画はプロジェクト推進派による偏ったものになりかねないとして、市議会ではその見直しが求められている。

4. ポイント、「水力発電プロジェクトにおいては「1.自然環境問題の(1)(2)(4)の水質汚濁、水温変化、濁水長期化、下流水の水量変化、海水浸入」は、大きな環境問題を引き起こす可能性がある。また、「2.社会環境問題の

(1)(2)の住民補償、NGO、文化遺産」についても十分な配慮が必要である。…」

→現在、ポイントとしてあげられている5点のうち、全ての項目に問題があることになる。

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