サンロケ多目的ダムプロジェクト
環境影響評価書(EIA)の分析:水質



環境アセスメント分析(水質)についての詳細

環境アセスメントが根拠としているコンピューター・モデリング(模擬・再現)について
環境アセスメントでは貯水池内の化学物質や金属などの濃度を予測するためにコンピューターモデルを使用しているが、このモデルによって、特殊な問題を抱えたダム貯水池内の物質の濃度を正確に予測できるかどうかは不明である。現在のところ、このようなコンピューターモデルによる濃度予測の精度について地質化学の学術文献などで立証された例はわずかである(参考文献:パーキンス、他、1997)。現今のコンピューターモデルでは、非常に複雑で多様な現象要素を単純化して、凡そのみなし値を算出することはできるが、現実の世界で起きる現象を的確に再現することは不可能であり、たいていの場合、見通しの甘い数値になるのが現実である。

 そのうえ、環境アセスメントで使用している既存のデータには採鉱廃棄物質の岩石成分などの、静態ならびに動態化学反応といった化学検査の結果は含まれていない。もし精密な化学検査のデータがあれば、適切な地質環境条件のもとで、廃棄された物質が酸性に変わりやすいかどうかや、汚染物質をどの程度放出するかなど、ある程度現実性のある予測をすることが可能であるが、それらのデータがない以上、貯水池の深い底で、どのような化学反応が起きるかを予測することは困難であり、故に、将来の水質を予測することは不可能である。たとえ、理想的な状態(化学反応の平衡状態)で、どのような化学反応が起きるかを予測できたとしても、それは実験室での数値でしかなく、予測しえないほど多様な要素を持った貯水池内でおきる現象を精密に確認することは不可能と言わざるをえない。

 上記で述べたように、環境アセスメントのES-14ページからES-16ページにかけて述べられている貯水池の水質の将来についての見通しは根拠に欠ける。そればかりか、実際は予想をはるかに越えて悪化することが考えられるが、そのように悪化した水は農業用水あるいは飲用水としての利用には不適当である。これについての詳細は次の章で述べる。

不適当な基準値
 この環境アセスメントでは、ろ過された水とされていない水の2つが、サンプル採取地で取られたものか明らかにしていない。このため、検出された物質の何%が水中に融けこんでいたもので、何%が微粒子として移動してきたものかを断定することができない。このため、このサンプルデータを適切な水質利用基準と比較することは不可能である。

 一般的に、何が適切な水質の基準値かということは、きちんと定まってはいないと考えられる。そのため、将来の水質の変化を正確に予測することは不可能であり、よってダムの目的とされる水質の向上が達成できるかどうかの判断もまた不可能である。

採鉱業者への援助
 実施要綱をまとめた1997年更新版環境アセスメントのES-28ページには、「採鉱廃棄物質と土砂を貯水池底の無効貯水域(放水口最下部水深から底までの滞留層)に閉じ込めることにより、汚染物質の下流への流出を減少することができるため、アグノ川とその周辺の水生生物に、長期的には良い影響をもたらす」とある。このダムは、もっとも必要な採掘汚泥の廃棄を規制するのでなく、汚泥の移動をコントロールすることを目的としているのだ。それは、採鉱業者らがこれまでほとんど廃棄物処理をしてこなかったことの責任を政府が取り、なおかつ今後の採鉱開発を奨励するようなものである。これはつまり、市民が支払った税金で採鉱業者を援助するということである。

貯水池内水質の将来の見通しについて
 1984年版の更新版である1997年環境アセスメントのES-13からES-16ページに述べられている、建設後の水質についての結論は、あまりにも短絡的で、見通しが甘い。環境アセスメントによると、採鉱により廃棄される土砂や抽出に使用された化学物質、汚水、台風の際の地表水(地下に浸潤されずに地表を流れる水)などは、すべて貯水池の底に閉じ込められるため、下流の水質の改善になるとしているが、実は、貯水池の底では化学反応が起きやすく、これによって化学物質の濃縮が起きる。

 一般に、どんなダムにおいても貯水地内に有機物質や泥砂などが堆積するものであって、上流に採鉱所があれば当然その廃棄物質もその中に含まれる。これら貯水池の底に沈殿し、堆積した物質の最上層の、水と接するところでは、堆積物と水がバクテリアの助けを借りて化学反応を起こし、結果、水質成分のまったく違った水の層がここにできる。また、浅瀬の比較的酸素が良く融けこんだ水中で、多量の太陽光が届くところでは、酸化反応が起こりやすく、深いところでは、主に還元反応が起き、酸化還元反応 (Eh)測定値は低い値を示す。

 環境アセスメントは、貯水池内の水質は融けこんだ化学物質によって地層のように層を成すと述べているが、この根拠詳細については何も述べておらず、ただ、だから水質は悪化しないと仮定しているが、しかし、どのように楽観的に見積もってみても、サンロケ多目的ダムの水質は、次のような過程を経て悪化することは避けられないと考えられる。

 まず第一に、採鉱廃棄物質はたいてい黄鉄鉱などの硫化金属鉱類を含んでおり、このような金属鉱類は水、酸素と反応して酸化イオン を発生する。黄鉄鉱のような硫黄を含んだ採鉱廃棄物は水の中ではたいてい酸化が起きる率は減少はするが、完全に止まるわけではなく、サンロケのように水温が比較的高く、微生物の働きが非常に活発な環境では、酸化はかえって起きやすい。また、この環境では有機物質系の酸も存在すると考えられ、この場合貯水池深部の地質環境は高い酸性を示すことが予想される。もし、この深部の酸性化が進むと、多量の化学物質、金属類、非金属類、放射性核種などやそのほかさまざまな物質が水中に融けだし、時間とともに濃縮が増し、これら高濃度の酸化物質を含む水が下流へと放出されれば、下流域においても活発な化学反応を起こすことが予想される。

 一般的に採鉱排水から採ったサンプル水の多くはアルカリ性を示すが、これはシアン(青酸)による化学反応の抑制や、シアン化合物の生成、ガス類の発生(シアン化水素ガス 等のガス類)を石灰(炭酸カルシウム)の散布により防ぐためである。金や銅の採鉱廃棄物処理池からの排水のペーハー値の殆どが10から11.5と高いアルカリ性を示すのはこの石灰散布のためであるが、これが環境へと流出すると、さまざまな化学反応により、ペーハー値は下降を続ける。このように廃棄物処理地の排水サンプルの殆どは、川へ流れ出した当初はアルカリ性であるが、必ずしもその後、酸に変らないわけではないことに注意すべきである。

 第二に、潜在する汚染物質の溶解濃度が増す現象が起こるのは、必ずしも貯水池に閉じ込められる水が酸性になるからではない。ダムや露天掘り採鉱が活発な米国やその他諸国の例によってよく知られていることであるが、そのような深い人口湖では水質の層状化が起き、深い層ではやや中性を示す。そして、酸化還元反応値(Eh)が低いために、鉄、マンガン、亜鉛、鉛、水銀、セレニウム、カドミウム、ウラニウム、モリブデン、砒素、銅、ニッケル、硫酸塩、硝酸塩、アンモニア、フッ素などが濃縮すると考えられる。これらの物質の多くは、アルカリ性及び低い酸化還元反応値(Eh)の条件下では活性化する。このような環境下では金属・非金属の溶解度が増すために、物質の濃縮が進むが、これはまた、堆積物質の表面からさらに金属類が溶出しやすくなるためである。

 強酸化や還元反応が進む環境では、微量物質を食べ、消化する能力を持った微生物の発生を促すが、同時に貯水池の溶解物質の濃縮を高めることにもなる。

 この環境アセスメントには当地の採鉱廃棄物質の精密な地質学的調査分析が十分報告されていないので、これら廃棄物質が貯水池に埋められた場合、酸を生成する潜在性があるかないかの基本的な判断をすることができない。にもかかわらず、貯水池内の水質が悪化することが明白であるのは、上記で述べたような第一要因か第二要因あるいはこれらの両方が起きる可能性が認められるためである。上記に掲げたような物質が水中に濃縮した形で融けこんでいるようならば、飲料水であれ、農業用水、あるいは魚業用であれ、一般的基準を超えるため、使用は不可能である。

 更に、貯水池内で、一年のうち何度か、上層部の比較的濃度の低い水と、深部の濃度の高い水の混合が起こりうるが、これは自然の季節変化とダム力学による。このような混合の際、貯水池内には、ある種の水生生物にとって猛毒となる物資が発生する。このような化学物質を含んだ水は、灌漑や人による消費には適さない。普通自然界では微量しか検出されない物質がもし、高濃度で検出されれば、上下水道及び灌漑用水として利用するためには、かなり強力な浄化効力のある浄水施設が必要である。

貯水池の放射線物質の潜在性
 サンロケ地区に見られる金や銅を含む鉱石と同種の岩石中には、たいてい濃度の高い放射線物質が検出されるため、貯水池内の堆積物質の継続調査が必要である。サンプルを採取し、アルファ線とベータ線の総量やラジウム、ウラニウムなどの濃縮度の継続測定をすべきである。貯水池の底では地質化学的な現象は変化し続けるものであり、ウラニウムやその他の重金属が、条件によっては活性化(動的で反応しやすい状態)することも予測される。もしこれらの放射線物質の濃度が増せば、計画にあるような利水は断念すべきである。

シアン及びその化合物による汚染
 1997年更新版EIAの3-37ページに、シアンとその化合物は自然環境においては永続性がないとしているが、これは事実に反する。多種の金属化合物やチオシアン塩酸、シアン塩酸などの、採鉱現場で発見される多くのシアン化合物は持続性があり、また水生生物にとって有毒である(参考文献:モラン、1998、1999)。貯水池がシアン化合物の発生源(シンク)となり濃縮がすすめば、水生生物、特に魚類に有毒となる恐れがあり、貯水池を養魚池にする計画は実施不可能となることが予測される。上記に掲げたシアン化合物は厳密に調査されるべきであるにもかかわらず、そのような調査分析が行われた形跡も証拠もない。

水の浄化施設の必要性について
 ダム建設により、長期的には水質が悪化することが十分予測される以上、ダム運営者は、農業や漁業、あるいは飲用としての利水に適うよう、浄化施設を計画の中に盛り込むべきである。また、それにかかるあらゆる費用も採算に含めて経済性の評価を行うべきである。

<参 考 資 料>
Moran, Robert E., 1998, Cyanide Uncertainties?Observations on the Chemistry, Toxicity, and Analysis of Cyanide in Mining-Related Waters: Mineral Policy Center Issue Paper No.1, Wash., D.C.
モラン、シアン化物の不確定性−採鉱におけるシアン使用による毒性などの調査

Moran, Robert E., 1999, Cyanide in Mining: Some Observations on the Chemistry, Toxicity and Analysis of Mining-Related Waters: in Proc. Central Asia Ecology?99, Lake Issyk Kul, Kyrgyzstan, June, 1999 (in press).
モラン、採鉱におけるシアン使用−キルギスタン

Moran, Robert E., 1999, Misuse of Water Quality Predictions in Mining Impact Studies, in Decision Making and the Future of Nature. D. Sarewitz, R. Pielke, Jr., and R. Byerly, Jr., eds. Washington, D.C.: Island Press (in press).
モラン、採鉱に関する環境影響調査の水質予測の間違った解釈

Perkins, E.H., W.D. Gunter, H. W. Nesbitt, L.C. St.-Arnauld, 1997, Critical Review of Classes of Geochemical Computer Models Adaptable for Prediction of Acidic Drainage from Mine Waste Rock, in Proc. Fourth Int'l. Conf. on Acid Rock Drainage, pg. 587-601, Vancouver, B.C., Canada, May 31- June 6, 1997.
        パーキンス、コンピューターモデルの水質予測における応用性

Waide, J.B., 1986, General Guidelines for Monitoring Contaminants in Reservoirs: U. S. Army Corps of Engineers Instruction Report E-86-1, 135 pg., Washington, D.C.
ウェイド、汚染物質の継続調査のためのガイドライン

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