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北海道森林スタディツアー体験記

「北海道にモリがないなんて・・」  山本奈美さん

今まであまり森林の問題を深く考えたことはなかったが、南米チリ人の友人に聞かれた「素朴な質問」が長い間気になっていた。「日本はそんなに森を持ってるのに、なんでチリから大量に木を輸入するの?日本の森はどうなってるの?」

そういえば日本の森がどうなってるか、学校で習った覚えもないし、新聞でも見ない。これは実際森を見てみないと。

そんな折ふと目に付いたのがFoE Japan主催の北海道の森林を見に行くスタディツアーだった。森ばっかりを訪ねて広い北海道を横断する強行ツアーだったが、初めて踏む北の大地で出会った人や取り組み、そして森林の現状に、開眼する思いの連続だった。

■北海道に"モリ"がない・・・

北海道に原生林がないなんて知らなかった。道土面積の71%を占める森林は、人工林27%、天然林64%、その他9%。どこまでも広がる森で覆われている、というぼんやりとしたイメージにつつまれていた北海道だったが、実はそんなこと、なかった。もちろんポツリ、ポツリと管理されているらしい林は見られたが。

どこまでも広がっていたのは雄大な牧場とまっすぐな道路、前にも後ろにも私たちの車以外見えない。私たちが訪ねたのはちょうど参院選も真っ只中。北海道区から立候補する鈴木氏は「北海道に利益をもたらすために、道路を造ります、新幹線も北海道に!」と息巻いていた。車どころか人も動物も通らず寂しげな道路が多い北海道で、いまだに息吹くこのスローガンにも唖然としたが、数10年前は当たり前だったことを思い出した。

「切れば大金になる」時代だった高度成長時代にすべて切られてしまった北海道の原生林。切ってしまった跡地にお目見えしたのは針葉樹林。広葉樹より成長が早い。北海道にはないカラマツも長野から移植。炭鉱がガンガン活躍していたため、「切る」ことを目的として植えられた。

しかし時代は移り変わってしまった。切ったらお金になるどころか赤字になる時代になってしまった。植えた木は生長したのに、切られもせず生え放題。ひょろりんとした単一種の森林は見向きもされなくなってしまった。売れないから資金不足で林業がなりたたない、という日本の林業が抱える問題を北海道も抱える。そういえば北海道産の木材って、売っているのを見たことがないことに気づいた。

■森が息を吹き返すために・・・

そんな現状の中、日本製紙の旭川工場は道産材を使用して生産する、数少ない工場だ。道産材な上、チップの原料に使われるカラマツは間伐材100%だ。エゾマツは約20%で残りは製材工場の端材。

旭川工場は北海道という島のど真ん中に位置する。昔はどの工場もそうだったように、輸送コストも安くすむ山のそばに建てられた。ところが同社の他の工場を含めて最近の工場は、海岸沿いに建っている。材木は海の彼方からやってくるものだからだ。13工場中の1工場のみで「拍手喝さい」というわけにはいかないが、企業のこういう取り組みこそ評価され、消費者は選ぶべきだろう。でも・・・どうやって「日本製紙の旭川工場の紙がいい」って選ぶんだろ???

森が再生するために林業が息吹を吹き返す必要があって、そのためには企業の姿勢が変わっていく必要があって・・。でも、そんなの待っていられない、というのも確か。もちろん企業にプッシュする消費者は大切だけど、そうこうしてる間に林業が壊滅してしまっては元も子もない。

そこで、林業が生き残っている、北海道の中でも数少ない町、下川町を訪れる。

なぜ生き残れたのか?担当者の方は「製材工場と林業が調整し合ってきたから」と言う。下川には製材工場が町内にあるため輸送コストが抑えられる。納期など、お互いの事情を考慮しあって生産を続けてきた。このような取り組みは近辺では下川でしか見られないそうだ。

「盗んでこないかぎり、あんな値段ではできませんよ・・。」

宙を見てぼそっとつぶやいた下川森林組合の担当者さんの顔が忘れられない。下川森林組合の工場で生産する園芸用の支柱の製造過程を見学させてもらっているときだった。公園や森の階段で使用されているヤツだ。黒くなっているのはいぶした後(燻製状態)、木酢液(もくさくえき)に浸しているから。これで腐りにくくなり、5年の寿命が15年にもなるという。非常に安い輸入材のものをホームセンター等で見かけるが・・。今後、黄色い札の赤い「安売り」の文字を見るたびに、「盗んでこない限り」という言葉が耳に響く。

それにしても下川の町は「Iターン」の人が多いという。林学を学んだ「正統派」は少ないほうで、むしろ、北海道や森が好きだから移住してきた人ばかり。働く場所は森林組合だったり、企業だったり、役場だったり、森を歩いて管理する人からその活用方法を研究する人までさまざま。北海道の大地に根ざし、環境の再生と暮らしを両立させようと日々頭をひねって行動する人々に多く出会い、エネルギーをいただいたように思う。

■森が森であるために

「開発・発展」の名のもとに北海道がこんな姿になってしまったのは自明だ。人間が荒らしてしまった大地を、人間が回復させようとする。植樹したり、間伐したり、または間伐材の製品を購入したりと。

でも、森は自浄作用があるという。今は針葉樹ばかり単一種の森であっても、全部が育たず自然に淘汰され、枯れた木の隙間に太陽光が入り、そのうち下層植物も生えてきて、バクテリアも虫も動物も帰ってきて。ただし元の森になるためには500年とかかってしまう。現存する「原生林」と呼ばれる森が、地球が経験した雄大な時間の中で育ってきたように・・。ただ、森が回復するまで500年も待っていられないのは、やはり人間なのだ。こうなると「人間も自然の摂理に任せたほうがいいのかも」と思える。自浄の過程でひょっとすると滅びてしまうかもしれないし、人口調節などが起こるのかもしれない。この旅で答えは見つからなかったけど、森の番人の岡田さんの言葉が心に残り、今はそれを信じようと思う。

「人間が行ったことは、我々人間が後始末をつけないとね。少なくともこうなる前の森に戻してから地球に返さないと。」

     

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